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『未 本編1』2/4

師匠シリーズ。
「『未 本編1』1/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】

340 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 22:32:28.14 ID:93PkLSJW0
平地の中にぽっかりと水面が開けている。かなり大きい。
溜め池のそばの道沿いに看板のようなものが立っている。書いてある文字は見えなかった。

それからほどなくして、蛇行した川を横切る形で橋を渡り、バンは山の麓の方へ進んでいった。
「着きましたよ。お客サマ」
バンが速度を緩めたのは、山に抱かれるような奥まった場所にひっそりと立つ二階建ての建物の前だった。
『とかの』というひらがなで大書された屋号が、玄関に大きく飾られている。
大きく開かれた門を抜け、玄関に近づいていくと、旅館の半被を着た若者が大きな箒を持って枯葉を掃いていた。
「あら。あのお坊ちゃん、また来てるよ。マメだねえ」
お坊ちゃん?広子さんの口調には呆れたような、それでいてどこか意味深な響きがあった。
彼はこの旅館の従業員ではないのだろうか。
広子さんが玄関に車を横付けすると、若者はこちらに軽く頭を下げてから自動ドアの中へ消えていった。
そして僕らが車を降りて荷物を出そうとしていると、白髪交じりの髪を短く刈り揃えた男性がドアから出てきて、
「お待ちしておりました。お持ちします」と言った。
やはり旅館の半被を着ている。小太りだが動きはキビキビしていた。
「あ、いや、自分で持ちます」と言いかけた師匠から、押し付けがましくなく自然に荷物を受け取った。
どうやら水周りのトラブルに呼びつけた修理工という感じではなく、それなりに客としての待遇ではあるようだ。
「あ、お父さん。くるま、車庫でいいの?」
広子さんの言葉に男性は頷いてから、ニコリともせずに「こちらへどうぞ」と僕らを自動ドアの方へ先導した。
どうやら親子で働いているらしい。広子さんは仲居ということだったが、さしずめ父親は番頭というところか。
車を回す広子さんを尻目に僕らは旅館の中に入っていった。

タイル張りのたたきで靴を脱ぐと、狭いが整然としたロビーが目の前にあった。床には赤い絨毯が敷き詰められている。
中は暖房が効いていて、ほっと人心地がつけた。
人形などの民芸品で飾られたフロントの奥から、和服の女性が姿を現した。薄桃色の上品な着物だ。
「ようこそいらっしゃいました」


341 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 22:40:29.86 ID:93PkLSJW0
微笑んだ後で頭を下げる姿は流れるようで、いかにも身についた仕草という感じがした。
四十年配の女将は続けて「依頼をした戸叶(とかの)です」と名乗った。
師匠が名刺入れを出したので、僕も慌ててポケットを探る。
興信所の所長は僕らバイトにも名刺を作ってくれていた。
ただし、大きな声では言えないのだが、偽名だ。バレやしないかといつも不安になる。
女将も懐から名刺を出してお互いに交換した。
「よろしくお願いします」
特に名刺の名前に疑惑を持った風もなく、女将はにこやかに「まずお部屋へどうぞ」と片手を広げた。
ロビーを回り込むように抜けると、先へ伸びる廊下と階段があり、僕らは二階に案内された。
本来師匠が一人でやってくるはずのところを、急きょ僕も助手としてついていくことになったので、
部屋が二人分用意されているのか不安だったが、並びで二つきちんとかまえられていた。
和室の中に通されると、思ったより広く、家族連れなどのグループ客が使う四,五人用の部屋のようだった。
こんなことろを一人で使うのは申し訳ない気分になる。
女将は「今日はあと二組お見えになっているだけですから、お二階はすべて空いておりますので」と、
こちらの考えを見通したようなことを言って、
「また後で参ります。遠路お疲れでしょうから、まずはおくつろぎください」と去っていった。
僕としては、
『申し訳ありません、一部屋しか用意できず』
『いえいえ、一向に構いません。ねえ師匠』
『しょうがないなあ。布団だけは離して敷いてくださいね』
という展開を心のどこかでは期待していたので、幾分がっかりしたのだが。

とりあえず荷物を置いて、部屋のテーブルにあった茶菓子を掴むと、隣の師匠の部屋へ移動した。
同じような造りの和室だ。
隣の部屋では師匠がさっそくお茶をいれていたので、ご相伴に預かることにする。
「思ったよりいいところだな」
師匠の言葉に僕はこれまでに見たこの旅館のパーツ、パーツを思い浮かべ、そして頷いた。
「ただで泊めてもらって、その上バイト代ももらえるなんて最高じゃないか」
「その分プレッシャーなんですけど」
口にすると、なんだか本当に不安になってきた。


344 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 22:45:20.68 ID:93PkLSJW0
興信所の常として、成功報酬は別として、たとえ依頼内容が達成できなくても最低限の基本料金は払ってもらうのだ。
もしこれでなにも成果なく逃げ帰るようなことになったら、と思うと……
「いいじゃないか。お化けを退治したら済むことなんだから」
「そう。それなんですよ。なにか感じますか、この旅館に」
僕はなにも感じない。今のところは、だが。
師匠は「うんにゃあ」と気のないそぶりで首を振ると、茶菓子に手を伸ばした。
「とりあえず、ただの噂とか勘違いの路線で、裏づけを取る方向ですか?
 それとも、あくまで本物という前提で、やっつけに行きますか」
これだけなにも気配を感じないとなると、『見る』のは大変そうだ。
「まあ、大丈夫じゃないか。聞いた話でも、出るのは夜だっていうし。
 それにカンだけど、今回のはたぶんホンモノだよ」
師匠はあっけらかんとしている。「お茶うめえ」などと言って、僕の分の茶菓子にまで手をつけている。

そうこうしているうちに女将がやってきた。
そして依頼のことを口に出そうとしたとき、師匠がそれを制した。
「場所を変えましょう。この部屋では、主客が逆転してしまう」
女将は意外そうな顔をしたが、すぐに微笑んで「では下の応接室で」と言った。
なるほど。僕らは依頼を受けた立場で、女将の方が依頼客だ。
それなのにこの客室にいては、職業柄女将は僕らを客として遇してしまうに違いない。
それではちぐはぐなやりとりになると師匠は考えたのだ。さすがに慣れている。

階段を降り、僕らはフロントのちょうど裏側にあった応接室に通された。
僕と師匠はソファーに腰かけ、テーブルを挟んで向かいに女将と出迎えてくれた角刈りの男性。
「番頭兼料理長の井口です」
女将の紹介に男性は「井口勘介です」と頭を下げた。
「先代からお仕えしております」
愛嬌のある顔ではない。薄くなりかけた頭の下に丸い鬼瓦が鎮座している。どこかムスッとしているようだ。
そしてその『お仕えしている』という時代錯誤な言い回しに、犬のような実直さを垣間見た気がした。
女将の名前は戸叶千代子といって、
この温泉地である松ノ木郷で五つあるという温泉旅館の一つである、『とかの』の三代目だということだった。


347 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 22:50:28.87 ID:93PkLSJW0
この松ノ木郷は温泉地としては歴史が浅く、明治に入ってからボーリングによって湧き出したものなのだそうだ。
その温泉旅館の中でもこの『とかの』は一番新しく、
大阪で材木問屋を営んでいた初代の戸叶亀吉氏が、こちらへ移り住んできて開いたものだという。
一番の新顔ということに加え、よそ者ということで最初は随分苦労したそうだ。
旅館組合でも、なにかにつけ意地悪をされてきたという。
そしてそれは、代を重ねた今になっても日陰の下で続いているという話だった。
「私など、生まれも育ちも松ノ木ですのにね」と女将は寂しそうに呟いた。
そのよそ者に対する意地悪も、番頭の勘介さんという存在のおかげで幾分か和らいでいるそうだ。
勘介さんの井口家は、地元の水利組合や消防団などでは中心となってきた家で、いわば松ノ木郷では顔役の一つだ。
その息子が番頭をしているというだけで、古参の旅館への睨みが利いていることになる。
勘介さん自身も持ち前の気性で、旅館組合の寄り合いなどで『とかの』が不利になるような取り決めが持ち出されると、
真っ赤になって怒鳴りちらし、反故にしてしまうようなことも多々あった。
勘介さんは若い時分、あまりの不良ぶりで実家から勘当されそうになっていたところを、
『とかの』の先代、つまり千代子さんの父親に諭されて、ここで働くようになったのだそうだ。
元々なにか打ち込めることがあると真面目に取り組む性格だったらしく、
とたんに人が変わったように汗水を流すようになり、先代にも大変可愛がられた。
それ以来、『とかの』への忠誠心たるや金鉄のごとし、という具合で、
今や娘も仲居として親子二代で働いているのだそうだ。
ただこの情報、後半のほとんどはその娘の広子さんから後に聞き取ったもので、
当の勘介さんは、師匠と女将が応接室で話している間ほとんど口を利かずに、不機嫌そうな顔をしていた。
「幽霊が出るという噂が立ったのは、一年ほど前からです」
とうとう本題か。
僕は緊張して膝の上の拳を硬く握った。
『とかの』の宿泊客から『夜中に幽霊を見た』という苦情が出るようになり、
その噂が狭い松ノ木郷、そして松ノ木郷のある西川町に広がるのはあっという間だった。
それも決まって『神主の格好をしていた』と言うのだ。


349 :未 本編1 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/02(月) 22:53:05.96 ID:93PkLSJW0
やがて仲居など従業員からも『見た』という証言が出始めた。
このままにはしておけないと、地元の若宮神社に相談して、お祓いにきてもらった。
しかし、一向にその出没が収まる気配はない。
隣の地区の寺にも頼んだが、やはりどれだけ念仏を唱えてもらっても効き目は現れない。
それどころか、夜に僧侶に来てもらった時など、
しつらえられた護摩壇の上に、それをあざ笑うかのような神主姿の霊が浮遊しているのが見える、
と言って列席者から悲鳴が上がり、読経が中断される騒ぎにもなった。
もはや手の打ちようがなく、噂を恐れて客足は減る一方。
幸いにして『祟られた』だの『不幸があった』だのという話はなかったため、
いっそ開き直って『神主さまの霊が現れる有り難い宿』という触れ込みで営業をするしかないのかと、
今では迷っているのだそうだ。
松ノ木では比較的新しいとはいえ、三代続いた温泉宿だ。もちろんそんなことは本意ではないだろう。
女将は暗い顔をして語り終えた。
師匠はソファーに深く腰掛け、天井を見上げるような格好で思案げな顔をしている。
その様子に、なにか見えるのかと女将も不安そうに天井を見上げる。もちろんそこにはなにもなかった。
それにしても、幽霊が出るという噂は旅館業にはつき物だと思うが、ここまで深刻な話になるというのは余程のことだ。
師匠は前に向き直り、左手の指の背を顎先にあてながら女将に問い掛けた。
「あなたは見ましたか」
「はい」
女将は硬い表情でそれだけを口にした。
「一回ですか」
「いえ、何度か」
「その、神主の霊はなにかを訴えているような感じでしたか」
「さあ……それは分かりかねます」
「こちらに危害を加えそうな様子ですか」
「そう、おっしゃる方もいらっしゃいます」
「あなたはそう感じなかったと?」
「はい」
師匠はこの場では自分自身のことを詳しく説明していない。
ただこうしたことの専門家だということだけが、事前に先方に伝わっているはずだった。

「『未 本編1』3/4」に続く

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