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『未 本編2』1/4

師匠シリーズ。
『未 本編1』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】

401 :未 本編2 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/07(土) 22:17:16.64 ID:HrRb/QUY0
『とかの』に帰り着いたとき、腕時計を見ると午後四時半を回っていた。
旅館の玄関から中へ向かって楓が「ただいま」と声を張り上げる。少しして女将がフロントの奥から姿を表した。
「どうでしたか」
「いやあ、期待はずれですね」
師匠は明るくそう言って、山の上からの景色についてしばらく女将と語り合っていた。
僕は地滑りの跡で見つけた石についてどうして黙っているのだろうと疑問に思った。
その師匠の横顔がスッとこちらに向き直る。
「おい、次を見に行くぞ」
「え」
まだどこか行くんですか。
師匠は女将にこのあたりの道を尋ねている。
つい、つい、と袖を引かれた。楓が耳元に顔を寄せてくる。
「なに」
「あの人ほんものなの?」
「なにが」
「霊能力者」
まあ確かにここまでは、まったくそれらしい所を見せていない。
「テレビに出てくるのとは違うけど、霊を見ることに関しては凄いよ」
霊感が強いだけの人なら他にもいるだろうが、
師匠の本当に凄い所は、その見たこと、体験したことに対する料理の仕方なのだ。
それはある意味、探偵的と言えるかも知れない。
つまり、興信所の調査員であるこの今のスタイルで正解なのかも知れなかった。
「ふうん。まあいいや。で、付き合ってんの?」
いきなりすぎて吹きそうになった。
「助手だよ」
「それもう聞いた」
「まあいいじゃないか」
ああ。やってしまった。明確に否定しないという、見栄。
軽い罪悪感に襲われていると、二人でひそひそやっているのが気になったのか、和雄が「なになに」と近づいてくる。
「よし、行くぞ」
師匠に服を掴まれる。軽く引きずられながら「どこへ?」と訊くと、「この旅館の周辺の調査」。


402 :未 本編2 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/07(土) 22:22:21.36 ID:HrRb/QUY0
ようするに散歩ですか。
という軽口が出そうになったが、クライアントの前なのでさすがに自重した。
「また案内したいですけど、ごめんなさい。これから用事があって」
楓が頭を下げる。高校時代の友だちとクリスマスイブパーティをするらしい。
それを聞いて、僕はようやく今日が十二月二十四日であることを思い出した。
思わず和雄の方を盗み見するが、「いいあなあ」などと余裕ぶっている。しかし内心はどうだか分からない。
「じゃあ、僕もそろそろ帰ります」
旅館の外に出ると、和雄もそう言って敷地の隅にとめてあったバイクに跨った。
排気音とともに手を振りながら去っていく姿を見送る。
「あ~あ、かわいそうに、あいつ」
人ごとのようにそう言う師匠だったが、
十二月二十四日という今日は、僕らにも平等に訪れていることを分かっているのだろうか。
「日が暮れる前に行くぞ」
そう言って歩き出した。すでに日の光は西の山の端へ隠れつつあった。

それから小一時間かかって周囲を散策しながら、枝川沿いに旅館へ来たときの道を逆に辿っていった。
寂しい道で、あまり地元の人ともすれ違わなかった。
やがて道路沿いに背の高い金網で覆われた一帯が見えてくる。来たときに見た貯水池だ。
周囲はすでに薄暗く、膨大な水量を蓄えた水面は輝きもせず、死んだようにひっそりとしていた。
金網のそばに看板があった。
『亀ヶ淵(かめがぶち)』という名前のこの貯水池は、
応仁の乱の後に戦国武将が各地で覇権を競い始めたころ、この地に侵攻してきた高橋永熾(ながおき)が、
自身の勢力の新しい拠点として今の西川町一帯を封じた時に作ったものだそうだ。
枝川の水量が安定せず石高が伸びなかったこの地に、持参した地金を惜しげもなく投じて土木工事を行ない、
巨大な水瓶を提供したのだ。
師匠はその看板の説明文を読み終えて、ぼそりと言った。
「問題の若宮神社は、この武将が開いたのかも知れないな」
「どうしてですか」


403 :未 本編2 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/07(土) 22:25:22.50 ID:HrRb/QUY0
「若宮って名前のつく神社は、例えば大分の宇佐神宮を本宮とした場合、
 その御祭神である八幡神こと応神天皇の子、つまり御子神であるところの仁徳天皇を祀った神社のことだ。
 あるいは、単に本宮から新たに迎えた御祭神という意味で、若宮と呼ぶ場合もある。
 その場合は、八幡神である応神天皇の分霊を祀っている神社ということになる。
 いずれにしても、基本的には本宮ありきの神社なわけだ。
 そして本宮から新たな若宮を勧請してくるのは、国司やその地の豪族などの実力者と相場が決まっている。
 戦国時代にあっては、その役割の中心を担ったのが……」
戦国武将というわけか。
高橋永熾が元々の勢力圏で信仰していた神社から、新たな支配地であるここへ、
その御子神か分霊を勧請してきたということならば、確かにありそうだ。
「もう少し調べてみたいな」
いずれにしても、その若宮神社に行って宮司と話をしてみる必要があるだろう。
時計を見ると、まだ六時だった。さっきその時間を告げる鐘の音が鳴ったばかりだ。訪ねて行けない時間でもない。
その息子である和雄と面識があるので、話も通しやすいだろう。
しかし、師匠は少し考えた末、「また、明日にしよう」と言った。
とりあえず、その旅館に出るという霊とやらを見てみるのが先だということか。
「戻って、飯食おうぜ」
踵を返した師匠に、頷いてから後に続いた。
そう。それが気になってしょうがなかったのだ。
旅館の夕食ということで、料理を期待しても良いのだろうか。
それとも僕らは仕事で来ているのだから、
『え?そちらの夕食は用意していませんが』とあっさり言われたらどうしよう。
近くに弁当とかパンを買える店があったかなあ、と思い悩みながら歩いた。

ようやく『とかの』に帰り着くと、玄関のあたりが妙に騒がしかった。
見ると、二十代半ばくらいの女性が四人たむろしていた。
ああ、そういえば、今日は僕らの他に二組客がいるって聞いてたな。
「こんばんわ」
師匠は愛想よく挨拶をして旅館の中に入る。
「あ、こんばんわ」
出迎えた番頭の勘介さんに荷物を渡しながら、女性たちもこちらに笑顔を向けた。
みんな暖かそうな服装をしている。仲良しOL四人組というところか。


404 :未 本編2 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/07(土) 22:28:24.18 ID:HrRb/QUY0
それもクリスマスイブに温泉旅館に泊まるってことは、恋人のいない仲間同士ということだろう。
玄関を通り抜け、廊下の手前で師匠にそのことを囁くと、おもむろに腕時計を見て、その針を示しながら口を開いた。
「日没の後だから、『クリスマスイブ』の用法としては正しい」
まだこだわっているのか。
「あ、ちょうど良かった」
仲居姿の広子さんが僕らの前に現れて、手招きしながらフロントの奥へ入っていく。
「電話かかってきてるみたい」
事務所の電話をとっていた女将がこちらに気づいて、電話口に軽くお辞儀をしてから師匠とかわる。
受話器から声が漏れている。大きな声だ。
「お食事、お部屋にお持ちしますので、それまでおくつろぎください」
と僕に言って、女将は忙しそうに事務所から出て行った。
師匠はうざったそうにあしらうような口調で話し終え、受話器を置いてから溜め息をついた。
「例の婆さん。この宿の馴染み客で、わたしを女将に紹介した人だよ」
ああ、頼みもしないのに方ぼうへ師匠のことを宣伝しているという人か。
「万事任せておけば大丈夫だから、失礼のないようにしなさい、って女将に釘刺してくれたんだと。
 ……他に余計なこと言ってないだろうな、あのばあさん」
そう言って苦笑する。
「自分も正月泊まりに行くから、幽霊退治よろしくな、ってさ」
それから部屋に戻ろうとすると、師匠が「ついでに電話するところがあるから、先に戻ってろ」と言う。
調査事務所の所長の小川さんに、今日のことを報告でもするのだろうかと思い、
あてがわれた二階の部屋に一人で戻った。

足を投げ出してテレビをぼんやり見ながら、先に汗を流そうかと考えていると、
広子さんがやって来て、隣の部屋を指さしながら言う。
「先、ご飯食べたいって言うから、あっちの部屋で、一緒でいい?」
師匠も部屋に戻ったのか。もちろん従うほかはない。
広子さんもその僕らの間の力関係というか、雰囲気をすでに理解している様子で、
一応確認というポーズを取っているだけのようだった。
その後、師匠の部屋にお邪魔し、テーブルに向かい合っていると、
「失礼します」と女将が広子さんを伴って入ってきた。


405 :未 本編2 ◆oJUBn2VTGE :2012/01/07(土) 22:32:37.03 ID:HrRb/QUY0
そして目の前に色鮮やかなお膳が並べられる。
紹介してくれたお婆さんの口添えが効いたのか分からないが、期待以上の食事にありつけた。
山菜の天麩羅など山の物が多かったが、普段美味しいものを食べつけない僕ら貧乏学生にはどれも過ぎた料理ばかりで、
二人とも何度もご飯をおかわりして、給仕してくれた広子さんを呆れさせた。
師匠は最後に茶碗に残ったご飯にお茶を注ぎ、白菜の漬物を乗せてからかき込んだ。
そしてようやく人心地がついた、という表情で箸を置く。
さすがに晩酌はなかった。師匠はそれが少し物足りなそうだった。しかしこれからが仕事の本番なのだ。
そこへ頃合を見計らった女将が部屋に戻って来た。
「いかがでしたか」
そう訊かれて、二人とも素直に料理を褒めた。
温泉地としてはあまり有名ではないこの土地で、旅館を三代に渡って続けられているのも、
こうした付加価値があるからかも知れない。
「少し、いいですか」
師匠は改まった口調で女将に問い掛けた。
「はい」
女将は広子さんにお膳を片付けさせながら、着物の裾を綺麗に整えながらテーブルの脇に正座をした。
そんな風にされるとこちらも落ち着かず、僕は思わず座布団の上に正座で座りなおす。
師匠は気にしない様子で、あぐらをかいたまま女将に話しかけた。
「若宮神社は、この先の貯水池を作った高橋永熾が勧請した神社ですか」
「ええ。そう聞いております」
高橋家はその後、息子の代で別の戦国武将に攻め滅ぼされたのだそうだ。
それ以来、この地は徳川幕府が開かれるまで、何度も支配する武将が変わっていった。
すらすらと喋る女将からのその言葉の端々から、かなりの教養のほどが窺える。
感心しながら聞いていると、師匠は少し考えるそぶりを見せた後、話題を変えた。
「この裏山ですが、もしかして、大規模な土砂崩れが起きたことがあるんじゃないですか」
女将はハッとした表情を見せる。
ついさっき山から戻って来て『期待はずれでした』なんて言っていたくせに、結局訊くのか。
それに、『この部屋で仕事の話をすると主客が逆転してしまう』なんて言っていたのに、もうめんどくさくなったのか。
半ば呆れながら師匠と女将の会話に耳を傾ける。

「『未 本編2』2/4」に続く

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