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『未 本編5』1/3

師匠シリーズ。
『未 本編4』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】

551 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/21(土) 23:13:27.86 ID:sWc1D+bL0
「高橋永熾は軍事的侵攻のさいに、以前の領土で信仰していた八幡神社をこの地にも勧請してきます。
 これは他の戦国武将にも往々にしてあったことです。
 そうして勧請された若宮を祀る社、『若宮神社』と名づけられたそれは、この地の人々を氏子として取り込み、
 高橋永熾の野望が破れた後も残り続け、現在まで脈々と信仰が受け継がれています。
 今日境内も拝見してきましたが、大変に立派なものだと思います。
 しかし、庇護者であった高橋家の援助が断たれたにも関わらず、これだけの社格の神社を維持できたのも、
 氏子衆の寄進、そして力添えがあってこそです。
 今でこそ、この松ノ木郷は西川町の外れにあり、寂れた印象を持ってしまうような景観です。
 しかし当時はかなりの人口を抱えていたであろうことが、この神社の大きさからも推測できるのです。
 だからこそ、高橋永熾は巨額を投じて、この地に溜め池を建設しようともしたのです。
 すると、ここに奇妙なことが現れてきます。
 それだけの数の氏子衆は、若宮神社がやってくるまでは、いったい何を信仰していたのでしょう」
はっ、としたような空気が広間に満ちた。
これから事件の本題に入ることが分かったからだ。
「その情報は、これまでまったく耳にしませんでした。
 明治初期の神社整理政策の渦中で、
 祭神も分からないような無社格の小さな社は、次々と若宮神社に統合されていきました。
 その名前のないカミたちは、今では若宮神社の境内にある末社で眠っています。
 しかし、のちにその若宮神社を支えた氏子衆は、
 そんな取るに足りないカミたちを、こぞって信仰していたのでしょうか。
 いいえ。違います。違うのです。
 溜め池がどうして造られたのか、もう一度その意味を考えてください。
 高橋永熾の領土的野心?百年の大計?そうした側面の前に、もっとも即物的な理由があります。
 水です。水がなかったのです。
 日本中の村々で幾度となく起こってきた飢饉。その原因は水不足です。
 雨が降らなければ田は、畑は干上がり、作物は枯れていきます。
 水を引いていた水路も、川などのその源泉が干上がれば用を成しません。
 今でこそ近代技術であるボーリングで、温泉が湧くような土地柄ですが、
 この松ノ木郷を懐に抱く山々は低く、
 おそらく降り注いだ雨を、ゆっくりと安定的に地表に流していく地質ではないのです。
 土地を流れる枝川の水量は安定せず、干天が続くと水はなくなり、度々飢饉が発生したことでしょう。
 だからこそ溜め池が造られたのです。
 それほど水に困っていた人々が、神に祈らなかったはずはありません。
 そうした切実な祈りを受け止める神が、この地にいなかったはずはないのです」


552 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/21(土) 23:17:23.76 ID:sWc1D+bL0
りん……

また聞こえた。なんだこの音は。
師匠はその音にまったく反応もせず、漢字が書かれた半紙をもう一度高く掲げながら声を張った。
「雨の下に口を三つと龍を書くこの字は、『オカミ』と読みます。古いやまと言葉です。
 過去を紐解くと、万葉集にこんな歌があります」

わが岡のオカミに言ひて落(ふ)らしめし
雪の摧(くだ)けし其処に散りけむ

「このオカミとは水の神です。
 罔象女神(ミヅハノメ)などと並び、各地で人々の信仰を集め、重要な役割を果たしてきた水神です。
 高(たか)オカミと呼ぶ場合は山の水を司り、闇(くら)オカミと呼ぶ場合は暗渠、
 つまり地の底や谷を流れる水を司ります。
 このオカミを祀った神社は、日本中に分布しています。
 日照りが続くときには、この神に雨を乞うのです。その際には雨を祈る、つまり祈雨の儀式が行われました。
 例えば相撲を奉じたり、神楽を舞ったりして神を喜ばせ、
 あるいは盛大に祭りを催して、村中を練り歩いたり、山に登って大きな火を焚いたり、といった様々な行事です。
 もちろん古来よりの風習である祈雨の対象は、オカミだけではありません。様々な神社が雨乞いの儀式を司りました。
 『丹貴』、つまり雨師と称され、吉野川の上流に鎮座した丹生川上社や、
 賀茂川の上流に鎮座した貴船神社を代表とする、祈雨に効ありとされた神社群が、
 朝廷の奉幣を受けてきた歴史があります。
 平安期に編纂された『延喜式』の神名帳にも、祈雨八十五座と呼ばれる神社が記載されています。
 また、神道に限らず、密教を代表とする仏教儀礼においても、雨を請う、請雨法の秘術が長らく行われてきました。
 密教の『四筒の大法』のうち、『請雨経法』と『孔雀明王経法』は、請雨法として知られています。
 そして密教といえば、なんといっても竜王です。
 空海の招いた善女竜王などの八大竜王やその眷属たちは、雷の神であり、水の神であり、そして雨の神でもあります。
 竜王の名前を冠した山は、日本中には数え切れないほど多くあり、
 竜王が守護するそうした山は、庶民の間でも祈雨の儀式を行うための、重要な信仰対象ともなってきました。
 そうです。山です。山は降り注いだ雨をその懐深くに溜め込み、絶え間なく平地に水をもたらすための装置です。
 竜王山に限らず、あらゆる山は、祈雨の行事における重要拠点なのです。
 もちろん、慢性的な水不足に悩む松ノ木郷に鎮座する、この旅館の裏手の山も」


555 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/21(土) 23:21:48.80 ID:sWc1D+bL0
りん……

その音に師匠の声が重なり、不思議な余韻となってたなびいていく。
「かつてこの裏山には、オカミを祀る神社があったのです。わたしが谷底で見つけた石は、その遺構でしょう。
 炎のごとく農地を焼く太陽が、曇ることなく光を降り注ぎ続ける『炎旱』の間、人々はオカミに祈りました。
 一心に、雨を懇願したのです。
 現代社会の、結婚と家の新築、そして葬式の際ぐらいしか関わりのない、
 とってつけたような神式の行事とはわけが違います。
 雨の降るや降らざるやに、その村で生きるすべての人間の命がかかっている、
 正真正銘の全身全霊をもって臨んだ『信仰』です。
 そうであるがゆえに、その信仰の向かうところであった神社の権勢たるや、大変なものだったと推測できます。
 しかし、その雨乞儀式を司ってきたオカミ神社にも、いつしか転機が訪れます。
 もうお分かりでしょう。高橋永熾がもたらした二つの変革の一つ。若宮神社の勧請です」

りん……
りん……

音が大きくなっていく。静けさの中に、その音がなんとも言いようのないざわめきを運んでくるようだ。


556 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/21(土) 23:24:58.92 ID:sWc1D+bL0
「高橋永熾のもたらした二つの変革は、その実、二つにして一つのものです。
 溜め池が出来ることで日照りの恐怖は薄れ、雨乞いのための信仰は不要になりました。
 そして松ノ木郷の人々の、信仰心の新しい受け皿が若宮神社です。
 この日本でもっとも多くの人に信仰されている、八幡神を祀った神社なのですから、
 その役に十二分にかなうものでした。
 この二つの変革は混ざり合い、効率的に古いものから新しいものへと、すべてが変わっていきました。
 その過程で忘れ去られ、消えていったものたちがあります。
 かつてこの山に存在し、人々の信仰を集めたオカミ神社の記録が、そして記憶が、
 人々の中に残っていないのは、運命だったのでしょうか」

りん……
りん……
りん……

師匠の言葉に反応するように、音が大きくなる。
全員が息を飲んで注連縄を見つめている。
よく見ると四方を囲むその縄の四隅に、小さな鈴が取り付けられていた。
その鈴が、鳴っている。

「いえ。運命などという、生易しい言葉で語ってよいものではないのかも知れません。
 高橋永熾は、ただの善意で溜め池を造ったのではありません。統治者として必要性があったから造ったのです。
 そして若宮神社による住民の信仰面の統一も含め、この地における新しい支配体制の確立に力を注ぎました。
 当然、古くからあるオカミ神社の存在は邪魔なだけです。
 直接的な力をもって行なったのか、あるいは事故を装ったのか、
 真綿で首を絞めるように外堀から切り崩していったのか、それは分かりません。
 しかし、そのオカミ神社が存続できない程度には、具体的に排除を行なったことは想像に難くありません。
 そして徹底的に、かつてそんな神社が存在したことを消し去ろうとしました。
 高橋家は二代目でついえていますので、その目論見は完成してはいなかったかも知れません。
 しかし、現に以前ほどに雨乞いをする必要がなくなったという事実が、新旧の神社の交代を自然に推し進め、
 人々の記憶を薄れさせていったのです。
 あるいは、もしかするとわたしが想像するよりも、その交代はずっと穏やかに行なわれたのかも知れません。
 しかし歴史の闇の中に消えていく側にとって、
 己の消滅の原因が高橋家、そして若宮神社にあったことは間違いのないことです。
 その恨みが、怨念が、山肌に染み込み、高き場所から流れる川となって、
 あるいは暗渠に流れる闇(くら)い水となって、いつかすべて流れ去っていったのでしょうか」


557 :未 本編5  ◆oJUBn2VTGE :2012/01/21(土) 23:31:37.00 ID:sWc1D+bL0
りん……
りん……
りん……
りん……

鈴が。注連縄が揺れている。
空気が刺すように冷たい。吐く息が白くなっていくような気がする。
みんな顔を強張らせ、恐怖に満ちた目を周囲に泳がせている。
「オカミ神社が若宮神社によって奪われたものは、氏子だけではありません。
 雨乞い儀式において重要な役割を果たしてきた、あるものも奪われました。
 雨乞いの際に行われる儀式や行事には、様々な様態があります。
 例えば、仏像や御神体に水をかける行為。
 泉や池の水をすべて取り替えるという『水かえ』。
 藁束などを山頂で燃やす『雲あぶり』。
 雨乞い面と呼ばれるような能の面を被ったり、特別な鏡を持ち出したり、大量の枡を一斉に洗う百枡洗いや、
 動物の死骸や糞尿などの不浄のものを、神の住む場所に投げ込んで、
 その怒りをもって雨を降らせるような儀式もありました。
 その中で全国に幅広く分布するある風習が、この地でも行われていました。
 『月はいずれ鐘は沈める海の底』という芭蕉の句があります。
 これは、越前敦賀の鐘ヶ崎に沈む鐘の伝説を詠んだものです。
 筑前鐘ヶ崎の鐘なども有名ですが、こうした沈鐘伝説の背景には、
 海の底に住む竜神が鐘を好むために、鐘を積んだ船が沈み、そして引き上げることができないという説話があります。
 このように、竜神が好む鐘を池や浅瀬に漬けることで喜ばせ、雨を降らせてもらうという儀式が、
 古来より日本中で行われてきました。
 この松ノ木郷ではその『鐘漬け』は、ある沼地で行われていたようです。
 鐘があったのはもちろん、雨乞いを担うオカミ神社です。
 そして鐘漬けが行われてきた沼地は、鐘を漬けるための淵、
 つまり鐘ヶ淵(ショウガブチ)あるいは、湯桶読みをして鐘ヶ淵(カネガブチ)と呼ばれていました。
 この鐘はそうやって日照りのたびに沼に漬けられたために、水に触れる下部に幾重にも重なる錆を生じました。
 和雄さん、あなたの実家の若宮神社にある鐘がそうです。あの鐘は元々オカミ神社にあったものなのです。
 銘を削られ、奪われた雨乞いの神事の象徴はその役割を負えました。
 溜め池が完成し、鐘が漬けられることもなくなった後、カネガブチもその名前を変えました。
 近い読みをする、亀ヶ淵(カメガブチ)と。
 これは恐らく、高橋永熾による改名ではないかと思われます。
 今浜を長浜と変えた羽柴秀吉の例にもあるように、戦国武将は良くこうした地名改変を行っています。
 亀の字をどう読もうとも、ショウとは読まないのです。違っていたのは、字の方なのですよ」

「『未 本編5』2/3」に続く

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