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『人間をついばむ烏はすぐ殺せ』2/2

「『人間をついばむ烏はすぐ殺せ』1/2」の続き
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「匿名さん」 2012/03/18 22:05

その物語は、右の壁から奥の壁へ、左の壁を経由して天井で終末が描かれていた。
墨で描かれた真っ黒な鳥。その鳥がつくる漆黒の巣。その巣から産まれる真っ黒な卵。
その卵が割れると、そこから血しぶきをあげる真っ黒な・・・・人間?
周りに描かれた『普通の』人間を、その黒い人間が蹂躙している。俗な言い方をすると、ぶっ殺している。
そして最後は、その黒い人間は小さな無数の蜘蛛に囲まれ、大きく両腕を広げていた。

信じる信じないとかではなくて、それ以前の問題だった。
ただ、その絵が正常な人間が描いたものではないことぐらい、美術2の俺にもわかっただけだ。
「何この絵、気持ちわり」
「神社の入り口の石碑な。あれ、流暢な文体で読めたもんじゃないが、もう高校生だからなんとなくわかるだろ。
 『口伝は駄目だという口伝』。そう書いてある」
「だから絵で伝えようって?」
「そう。お前はがっかりするかもしれないが、じいちゃんも、とめきっつぁんも、本当のことは知らないんだよ。
 だけど、昔の人は厳しかったからな。
 お前よりも父ちゃんが、父ちゃんよりもじいちゃんが、カラスを怖がるのはしょうがないんだ」
つまるところこの絵は、先人たちが描いた化け物への防衛策。
「父ちゃん…この絵。伝えたいことは大体分かるけど、でも分かんないよ」
「そうだろうな。俺もそうだった」
「教えてよ」
「お前がこの絵を見て思うことが全てなんだよ。口伝は駄目なんだ。
 お前なりに解釈して、部落の飲み会で自分の考えを語り合って、怖がって、
 それを繰り返すうちに、『人間をついばむカラス』は殺さないといけないと、みんな思うようになるんだ。
 だけどな…これだけは、口で伝えることになってるんだ」
そう言って、父は人差し指を下に向ける。
つられて下に懐中電灯を向けると、大きな太い字で『人間』と書いてあった。
「ニンゲン?」
「ちがう。これは『ジンカン』と読む。これから殺すんだ」
正確には『人間をついばむ』ではない。
カラスは、髪の毛を狙っているのだ。人間の髪の毛だけで黒の巣をつくるために。そう思った。

その日の夕方には、部落の家という家の玄関先に蜘蛛の巣が張られていた。
ミニトマトを育てるときなんかに立てる支柱を2本地面に刺して、その間に巣食わせていた。
「変な宗教団体みたいだ」
理由を知らなければ誰だってそう思うだろう。
しかしまぁ、よくみんなうまい具合に蜘蛛の巣を張ったものだった。
「必死になればな。こうしないと死ぬかもしれないって思ったら、意外と出来るもんだ」
「あの絵の通りなら、ジンカンを殺すのは蜘蛛ってこと?」
「…そうだな。みんなそう思ってる」
「あの絵描いた人、頭悪いね。文章で残せばよかったじゃないか」
「その通りだな。だけどきっと、頭悪いから文章では残せなかったんだよ」
父と俺はひときわ大きな女郎蜘蛛を捕まえて、巣食わせた。
祖父はというと、他の家の蜘蛛の巣つくりを手伝っていた。
「うちの蜘蛛より大きいのは、とめきっつぁんのとこぐらいだね」
父は小さく「そうだな」と言うと、さっさと風呂に入ってしまった。
いつもより無口なのは仕方ないだろう。こんな日なんだから。

その日の夕飯は夜9時近くになってしまったが、その時間になっても祖父は帰ってこなかった。
正直俺は『ジンカン』なんて信じきれてなかったから、「じいさんまだ頑張ってるのかね」となかば呆れていたのだが。
「大変だ!やられた!とめきっつぁんがやられた!ジンカンだ!」
真っ青な顔をして、白いシャツに鮮血を付けた祖父が勢いよく茶の間に駆け込んできた。
固まる母と俺を尻目に、父はゆっくりと箸を置き頭をポリポリと掻いて、祖父にまず落ち着くように促した。
「親父、どういうことだ。とめきっつぁんはどうなってる?」
「死んだ!完全に死んだ!これを見ろ、とめきっつぁんの血だ!
 まずいぞ、蜘蛛じゃない!ジンカンは蜘蛛じゃ殺せないんだ!」
「落ち着けって!とめきっつぁんの家族はどうした?あそこは小さな孫もいたはずだろう」
父は努めて冷静だった。パニックに陥っている祖父の断片的な話を紡ぎながら、事実確認を急いだ。
「家族はみんな、公民館に逃げてきて無事だった…
 だから公民館で、見回りから帰ってきた俺に、とめきっつぁんの様子を見てきてくれって!
 とめっきっつぁんはやられてた!」
「やられてたって…どんな状態だったんだ?」
「穴だらけだった!血が噴き出していた!」
祖父がその時思い出していた光景はどんなものだったろう。祖父はその場で吐いた。
カン、カン、カン。消防の鐘が聞こえた。部落の住民全員に知らせる、緊急事態の鐘の音。
「公民館に行くんだ。今日はみんなで集まるんだ。守るんだ」
そう言ったのは祖父だったか、父だったか、母だったか、それとも俺だったか。
それを憶えていないのは、その直後の衝撃が大きすぎたからだ。
「父ちゃん、なんか臭わない?」
「…ああ。なんか、臭いな」
「これ、最近嗅いだことのある臭い…これって…」
最近どころじゃない。昨日嗅いだ。死んだ人間の腐ったくっさいあの臭いだ。
「じいちゃん、死んだ人の臭いがする!」
「俺じゃない…この臭い、外からするぞ」
父は勢いよく立ちあがり、物置へと走った。
母は相変わらず茫然自失で、身支度をするでもなく座ったままだった。
ドン!と玄関の戸を叩く音が響く。何事かと思い、祖父も俺も戸のほうを見て固まる。
一瞬の静寂。
「…ジンカン?」
今まで黙っていた母がそう言った瞬間だった。
ドンドンドンドン!!
正常な人間ならこんな戸の叩き方はしないだろう。
ドン、ドン、バリン!!
そうだ。戸が壊れたのだ。
俺たちが今いる茶の間は、玄関から廊下とふすまをはさんですぐだったから。それが目の前に現れるのもすぐだった。
ジンカンは存在した。
「うわぁぁあああああああ!!化け物だ!ジンカンだ!」
人間の形をした、人外の化け物。その身体は絵のとおりに真っ黒だった。
その腐ってただれた身体には人間で言う左腕が無かったが、そのかわり右腕の動きが異常だった。
その動きをどう言い表せばいいか分からない。多分、どんな単語を組み合わせても表現できない。
こんな化け物を蜘蛛で殺せると本当に思っていたのか。
ジンカンを見て本当のパニックに陥ったのは母だった。
「はわぁあああああ」と叫びながら両手を胸の前で震わせ、もはや立つことすらできなかった。
ジンカンはその顔を人間では考えられない角度にぐるりと回転させ、明らかに祖父に狙いを定めた。
祖父は動けないでいた。
「どけ!離れろ!」
その時だ。父がバケツ一杯にガソリンを汲んできて、ジンカンに浴びせたのだ。
ジンカンは微動だにせずその触手を祖父に伸ばしたが、
父が火をつけると、まるで人間のように悶えながら廊下に転がった。
「これが幽霊とかじゃないなら、これで死なないとおかしい、殺せるなら、死なないとおかしい」
息を切らしながら、父は呪文のようにつぶやいていた。
転がるジンカンは叫ぶこともなく、空気の抜けていく風船のようにしぼんでいき、炎とともに消えた。
「なんだったんだ…」
祖父は、やっぱり年寄りだから。腰が抜けて動けなかった。

俺は公民館に行くよう、事の顛末のメッセンジャーの役目を頼まれた。
父と祖父は多少なり残った火の完全消火をし、そのときの母はというと、まるで使い物にならなかった。
はじめは信じられないでいた部落の住民も、俺の家の有り様と、とめきっつぁんの遺体を見たら何も言えなくなった。

翌朝のことだ。
繰り返しになるが、いくら田舎の高校生とはいえ、朝5時に起きるほど健康的ではないのだが、父から叩き起こされた。
「疲れているだろうが、悪いな。これからドスコイ神社に行く」
「…昨日のことで?」
昨日の朝とまったく同じやりとり。しかし神社への道すがら、父は教えてくれた。
「あの絵な…俺は、前から思っていたんだ。
 『蜘蛛がジンカンを殺す』んじゃなくて、『蜘蛛を目印にジンカンが襲う』んだと。
 もちろん他の人にも言ったさ。じいちゃんにも、とめきっつぁにもな。でも誰も同意してくれない。
 なんで俺以外そう思わないのか不思議だった。
 あの絵の描かれ方だと、まるで蜘蛛はジンカンの手下って感じだろう」
「そう言われるとそうとしか見えないかもしれないけどさ。」
そうして父と俺は、あらためて神社に描かれた絵をみる。
「父ちゃん、俺、今思ったんだけどさ…」
「なんだ?」
「この話、天井から始まるんでないの?」
この絵は右の壁から読むと、
カラスが産んだ卵から血しぶきをあげるジンカンが孵り、人間を殺しまくって、最後に蜘蛛にやっつけられる話になる。
だが天井から読むとどうだ。
蜘蛛を従えるジンカンは人間を殺して、最後にはカラスの産む黒い卵で血しぶきをあげて死ぬ。そんな話になる。
「本当は、逆だったんだ」
父はポツリと言った。
「『人間をついばむカラス』がジンカンを産むんじゃない。そのカラスの卵が、ジンカンを殺す卵だったんだ」

本当にそうなのか、本当は違うのか、それは今でもわからない。
あれ以来、ジンカンどころか、人間をついばむカラスも見つかってないから。
だけど、たぶん本当だ。だって、あのときのジンカンはもう現れないから。死んだのだから。

実は話はこれで終わってなくて、後日談的なものもあるんだけど、これ以上は話は長くなりすぎるだろうから。

最後に、部落の子供に『人間をついばむカラスはすぐ殺せ』と教えることはなくなった。
むしろカラスはほうっておくように教える大人が増えている。
部落で毎年行われていた『カラス追い祭り』なる祭りも無くなった。
今の部落の長は、ジンカンに殺されたとめきっつぁんの息子。
彼もまた、みなから親しみをこめて『とめきっつぁん』とよばれている。

「『人間をついばむ烏はすぐ殺せ(後日談)』」に続く

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