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『道端の石積みの墓』2/2

「『道端の石積みの墓』1/2」の続き
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「小者さん」 2011/10/16 11:37

ほとんどパニックになりかけていたとき、隣の部屋から物音がしたので、意識が覚醒した。
襖の向こうからほんの僅かにもれる明りで、向こうの部屋にも電気がついたのが分かる。
「だ、誰ですか!?」
襖越しに声を掛けた。
「ああ、起こしてしまったかい、済まない。ちょっと様子を見にきただけだ。なんとも無いかね?」
おじいさんに続けて、おばあさんも声を掛けてくれた。
「大人しくしてるんですよ?」
まるで孫扱いだな、参るなあ。
しかし次の瞬間、隣の部屋の様子が変わったんだ。急激に空気が張り詰めたのが分かる。
「お前は…お前…どうして…」
おじいさんがそういったまま絶句している。
なんだ、突然。誰がいるんだ?
そしておじいさんが俺に叫んだ。
「君、逃げろ!今すぐその部屋を出て逃げるんだ!そこにいてはダメだ!」
なんでなんでなんで?
今度こそパニクッた俺の耳に、おばあさんのうめき声が聞こえた。続いておじいさんの怒鳴り声。
「お前、やめろ!うちのを放せ!くそ!」
おばあさんに何か危害が加えられ、おじいさんがその犯人を食い止めようとしているようだ!?
「君、頼む来てくれ!うちのを助けてくれ!ああっ、あっ、やめろ…!」
襖の向こうではただならないことが起きているようだ。
俺は小者だ。小者は臆病で卑怯だ。小者な人には分かってもらえると思う。
けれど、小者は自分より弱いものがひどい目に合わされているのを無視は出来ない。
それが自分のことが発端であれば尚更だ。
ビビッてる場合じゃねえ!
俺は気合を総動員して立ち上がると、襖の前に仁王立ちし、覚悟を決めて襖を開け放った。
勢いでバシン!と音が響いた。…暗闇の中に。
そのときの俺は一瞬思考停止してた。もしかしたら心臓だって止まってたんじゃないかと思う。
そのときの俺の目の前の光景を説明すると、
…まず、おばあさんはそこにいなかった。というかおじいさんもいなかった。
誰の声もせず、山の音も聞こえず、すっかり静まり返っていた。時間が止まったみたいだった。
そして隣の部屋は真っ暗だった。さっきは確かに二人の声もして、部屋の明りもこぼれていたのに。
はめられた。そう思った。
暗闇の部屋の中、襖を開け放った格好のままの俺の目の前に青白い女が立っていた。
俺はその顔をはっきりと見た。
恐ろしく白い。無表情に近い。
けれど顔面の僅かな表情の歪みに、凄まじい感情が篭っているのが分かりすぎるほどに分かる。
もう俺を凍りつかせているのは、驚きではなくて恐怖だった。
『思い出』じゃない。これは『思い出』なんて生易しいもんじゃない。女の感情が読み取れるにつれてそう確信した。
これは激しい、とても激しいが、憤怒じゃない。もっと最悪の奴だ。憎悪とか、怨恨とか、名付けるとしたらそういうの。
俺は思いっきり悲鳴を上げた。喉が切れるかと思った。
女はあっさりと和室の仲に踏み込んできた。
何で、何で開けちまった、俺!俺!
てか俺はあんたに何もしてないぞ、無関係だ、どっか行け!
もう小者の悪い面が全開で、後ずさりしてつまづき、布団の上にへたり込んでしまった。
女が俺の首に手を伸ばしてきた。女の真っ白な体に飲み込まれるように、俺の意識も白濁して行った…

白くぼやけた視界の中で、俺はいつの間にか夢のようなものを見てた。
あれ、ここどこだ、女はどこ行った…?
夢の中で、俺はどこかの部屋の中にいるようだった。体の自由が利かない。
勝手に視界が巡って、鏡を見た。
驚いた。俺はあの青白い女の顔をしていた。ただ、肌は健康な肌色。
これはもしかして、あの女が生きていたときの記憶か?と当て推量で思った。多分当たりだと思う。
俺=女はベッドにいたんだが、腕の中におくるみがあり、その中に動きがある。顔は見えないが、これは赤ん坊だ。
なんだ、流産なんかしてないじゃねーか…
ぼやけてよく見えないものの、この部屋はえらく生活感があるというか、
病院なんかじゃなく普通の一戸建てのように思える。
すると女の視界に、壮年の夫婦が入って来た。
俺はギョッとした。それは俺を泊めてくれた老夫婦だった!少し今よりも若いが間違いない。
よく見るとこの部屋は俺が泊めてもらった部屋だ。
じゃあなんだ、この女、あのおじいさんたちの娘さん!?
そんなこと一言も言ってなかったぞ!?まあ、言う義務もないけど…
しかし、妙な違和感を感じた。
夫婦が俺=女に向ける視線が変だ。何か軽蔑するような、汚いものを見るようなまなざし…
よく見るとそれは女本人じゃなく、腕の中のおくるみに注がれているようだ。
女の視線がおくるみへ動く。その時布が少しだけはだけて、赤ん坊の顔が初めて見えた。
その様子を詳しくは書きたくない。
ただ、頭部が一般的な形とはかけ離れていたんだ。
医学の知識なんてない俺が見ても、何年も生きられるわけじゃないんじゃないかと思えるような形。
でも女の暖かい気持ちは、しぐさや視線から俺にも伝わってきた。
少なくともこの子には、たった一人は味方がいるんだ、と思った。
その時部屋の窓の外に一人の髪の長い女の影が見えた。恨みがましい目でこっちを見ている。なんだ、いったい?
次の瞬間、女が目を開けると、時間が動いたらしく、すっかり夜だった。
同じ部屋の天井が見えた。そのすぐ横に、昼間の長髪女がいた。
それまでほとんど無音だったんだが、長髪女の声ははっきりと聞こえた。
「いいわね、親が医者だと、安心して産めて。あたしなんて二度も下ろしたのよ…」
長髪女は傍らの赤ん坊をおくるみごと抱え上げた。
「あんたはまた産めばいいわね、親が医者だもんね。この子、あたしが育ててあげる…」
そう言う目が普通じゃない。この長髪女はおかしい。
起き上がろうとする俺=女を殴りつけ、長髪女は走り去って言った。
俺=女が助けを呼んだようだった。
俺=女は立ち上がろうとしたが、どうも脚に何か不自由でもあるらしく、あまり速く動けない。
窓の外に走り去る長髪女が見えた。思わず窓にかじりつく。
すると長髪女の後を、過去のおじいさんが追いかけるのが見えた。
おじいさんは健康な男だし、今より若い。暗い車道の上で、長髪女に見る見る追いついていく。
行け!取り返せ!
…しかしどうしたことか、おじいさんはあと一歩というところでスピードを見る見る落とし、とうとう立ち止まってしまった。
長髪女はすぐに夜の闇の中に消えてしまった。
振り返り、診療所に戻ってくるおじいさん。
俺=女は思わず窓から離れ、身を隠した。理由は分かる気がした。
戻ってくるおじいさんの顔には、悔しさや怒りというより…安堵のような表情が浮かんでいたからだ…
翌日、俺=女はフラフラと家の玄関を出た。
太陽の感じからして朝のはずだ。視界もふらつく。寝てないのかもしれない。
家の周りをなんとなく見回していると、家の塀の脇に何か落ちているのが見えた。
たどたどしく歩いてそれに近づく。
なんだあれ?……おい。やめろ。歩くのをやめろ。それに近づくな。
俺=女の視界が震えでブレていく。
やめろ!それを見るな!
女がそれの目の前で、とうとうしゃがみ、それを手に取った。
見ないでくれ!
長髪女は知らなかったんだ!この女がいつもおくるみにすっぽり入れていたから、どういう赤ん坊か知らなかったんだ!
思っていたのと違ったんだ!こういう赤ん坊だと思わなかったんだ!
だから捨てた!ここに捨てやがった!厄介者みたいに、もういらないって!
愛されてたのに!
少なくとも一人だけは自分のことを愛してくれる人の腕の中で、短かったかもしれないが、一生を送ることが出来たのに!
こんな、ゴミみたいに!何の価値も無いものみたいに!価値はあったのに!
もとあった場所に返しますってか!?あたしはもう要りませーんってか!?
赤ん坊の頭が赤黒く乾いた液体で染まっている。脇の石塀も同じ色だ。
……石塀に向かって投げ捨てやがったんだあいつは!!!
赤ん坊が冷たく、固くなっていたのが分かった。
女は立ち上がろうとした。しかしやはり足が悪いせいで、よろけた。…車道側へ。
そこへ明らかにスピード違反のスポーツカーがブッ飛ばしてきた。
俺の白い夢の視界が真っ赤に染まって、夢が終わった…。

気がつくと俺はさっきと同じ部屋で、青白い女の幽霊に首を絞められていた。
もう肺の中の酸素が残り少ない。視界がチカチカしてきた。やばい…
『女本人』はとうにあの世にでもいってるんだろう。
この幽霊からは思考能力や人格みたいなものは感じられない。それは霊媒師とやらのいうとおりなのかもしれない。
ただの、ただの憎悪の名残だ。その強さからして、『思い出』なんて呼び方は不適当な代物だ。
けど、こいつはどうなる?こんな所に置き去りにされたこの感情は、どうされるべきなんだ?
本人ですらない、ただ誰かを憎み続けるだけのこいつは?
あんな思いをしたのに、何も報われることもなく、誰かを傷つけっぱなしで、いずれ消えていく。そんなんでいいのか?
こいつも何か報われるべきなんじゃないのか?
天国があるのかどうかは知らないが、もしあるなら女本人はとっくにそこに行っているだろう。
ずっと辛いままなのはこいつだけじゃないのか?何か思いを遂げさせてやることは出来ないのか?
ああ、でも今のこいつの目的は俺に憎悪をぶつけて、俺を殺すことなのか…
俺はさっきの夢のおかげで、青白い女にすっかり感情移入してしまっていた。
異常な状況が続いて、えらくセンチになっていたのかもしれない。
そうなると小者特有の弱気ループだ。
別に俺がここで死んだって、奥さんや子供がいるわけじゃなし、そんなに悲しんでくれる人っていない気がするな…
親とかって俺が死んだら泣いたりするのかな…あのおふくろが泣くとことかって全ッ然想像できねーけど…
ここでちっとは人の役に立って死んでもいいのかな…あ、人じゃねーや…
普段なら絶対に陥らないような考えが渦を巻いて、酸欠もあって頭が回らなくなってきた。
いいっすよ、俺なら…全然小者なんであなたの無念を晴らすには全然足りないと思うけど…ちっとは気が済むんなら…
すると心持ち、女の手が緩んだような気がした。火花が散る視界の中だったが、女の表情も少し緩んだような気がする。
あれ、いいの…?
視界の火花がゆっくりブラックアウトして行った…

「君!」
おじいさんの声が聞こえた。
今度は本物か…?
目を開けると、まだ夜だった。
「様子を見に来たら襖が開いているし、ひどくうなされているし…大丈夫か?」
「ああ…なんか、大丈夫みたいです。もう…」
おじいさんは「君はちょっと心配だから」と、隣の和室に新しく布団を敷いて寝てくれた。
そしてその後は何事もなく夜が明けた。
朝になってみてみると、俺の首にはうっすらと赤く手のあとが付いていたので、かなりゾッとした。
こうして俺の人生唯一の心霊体験が終わったのだった。

俺は夫婦にお礼を言い、朝食をご馳走になってから、おいとますることにした。
夫婦は玄関先まで俺を見送ってくれた。
俺は特におじいさんに聞きたいことが色々あったが…
あの長髪女はその後どうなったんですか?
赤ん坊の父親はどうしたんですか?
娘さんやお孫さんのことを、本当はどう思ってたんですか?
今ではどう思っているんですか?
何故、幽霊のあらましについて嘘をついたんですか?
夜俺にどんなことが起こるのか、どこまで知っていたんですか?
まだここに残っているであろう『思い出』のことをどう考えているんですか?
何故石積みが崩れたとき、直さなかったんですか?
何故その祈祷師まがいとやらに、『思い出』を根絶するよう頼まないで、対症療法みたいなことだけしてたんですか?
何故、石積みの墓は一つしか、一人分しか作らなかったんですか…?
他にも色々…。
しかし、聞くのはやめた。
無関係の俺がほじくり返していい話ばかりではないだろうし、おじいさんも正直に話す義理はない。
何よりきっと、この夫婦も俺と同じで、
今でもきっといろんなことが、自分のことが、『分からない』ままなんじゃないかと思えたからだ。
俺は車に乗り込み、発進前にバックミラーを見た。あの女も石積みも見えなかった。
それが夜が明けたせいだけではないと思いたい。
アクセルを踏んで、俺は家に帰った。

それから夜間に何度あの山道を通っても、幽霊に遭遇することはなかった。少しは気が済んでくれたのだろうか。
資格を無事取得し、その後東京で就職した俺は、もうあの山道を走ることは極めて稀だ。
今年の頭に帰省したとき、用事があって昼間だったがあの道を通った。
少し緊張しながら診療所の場所に差し掛かったんだが、診療所は奇麗さっぱり消えていた。
この辺りには知り合いがいないので、あの夫婦が今どこでどうしているのかは分からない。
今となっては全部夢だったんじゃないかとも思える。
正直なところ、あの首の手のあとが消えてしまう頃、それを少しだけ寂しいと思った。
もう一回くらいあの幽霊に会いたい気もする。あー、でもやっぱりおっかないから会わんでもいいな…。
今では俺にも子供が生まれ、精一杯の愛情を注いでいる…とでもなればいい終わり方なんだが、
残念ながらその気配はまったくない。
自分の小者ぶりを再確認しただけで、この話は終わるのでありました。

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